ロンダにはスペインで最も古い闘牛場があります。
1785年、ヌエボ橋の建設時期と同じ頃に建てられた、歴史ある建物です。
闘牛場の中には博物館があり、闘牛場の裏方部分をのぞくこともできます。闘牛たちが待機する小部屋と闘牛場までの通路部分を見学できるのですが、小部屋の扉は上からつりさげられたひもで引っ張って開けるようになっており、係員が危険を冒さずドアを開閉できる様子がよくわかります。その他も興味深くご覧いただけると思います。
刺繍がびっしりと施された衣装を身にまとい、ムレータという赤い布を巨牛の前に突出し、突進をかわす闘牛士たちの姿を想像する方も多いでしょう。
しかし、中世スペインでは現在とは違い、闘牛というと馬に乗った騎士と牛の対決というものでした。貴族たちが楽しむスポーツのひとつだったのです。
18世紀に貴族たちへの闘牛禁止令が出されると、貴族たちの闘牛に対する興味は薄れていきました。
その代わり、庶民たちがこの闘牛に関心を持ち始め、各村々を巡りながら見せて回るという娯楽要素の強いものに変えてきました。
やがて闘牛を職業としたプロの闘牛士たちが登場。そして馬から降りて直接牛と戦う猛者たちも現れ始めました。
これを見た観客たちは大興奮。爆発的人気となります。
こうしていつしか人間対牛の直接対決というスタイルが一般化していったのです。
ロンダ出身の闘牛士、フランシスコ・ロメロ(1698~1793)も直接牛と闘った闘牛士の一人でした。
ムレータを華麗に翻し、牛の突進をひらりとかわすという闘牛を初めて行ったのは彼でした。
このスタイルは闘牛ファンの心をわしづかみにし、熱狂的に支持されました。フランシスコの孫である、ペドロ・ロメロはこの闘牛の様式を継承し、ロンダ派闘牛を確立しました。
ペドロは17歳の時から闘牛士の道を歩み始め、生涯5600回以上の闘牛を行いましたが、その間、一度も通院歴が無いという伝説の闘牛士です。現役引退後は闘牛学校の校長となり、細かなルールの設定や、立ち振る舞いの美しさを研究し、闘牛を芸術の域に押し上げました。闘牛場の中にある博物館では彼らの功績や歴史を目にすることができます。





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