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歴史


ローマ人がこの地に潜入してくる以前、タラゴナの町はイベリア王国の古代都市コッセと呼ばれていました。
紀元前218年、ローマ軍によって占領されると、「タラコ」とその名を改めます。その地理的条件から、たちまちタラコは古代ローマ帝国によるイベリア半島侵略の要衝となり、半島最大の都市へと発展します。バルセロナよりも南西へ下がるとは言え、地中海に面したローマの延長線上にある都市とみなされ、ローマと同じ特権を与えられていました。

町の規模としては、紀元前1世紀には既に人口100万人を超えていたと言いますから、いかに当時としては大きな都市だったかが想像出来るでしょう。アウグストゥスやハドリアヌスなどのローマ皇帝が好んでタラコを訪れたそうです。またこの頃から、現在観光名所として知られる遺跡群が徐々に築かれ始めます。まず城壁、その後劇場や公共広場、円形競技場、そして2世紀の前半には円形闘技場が出来上がります。

タラコの町は700年以上もの間、ローマ植民地としてこの地に君臨し、早くからキリスト教ももたらされていました。しかしローマ帝国崩壊後は、5世紀には西ゴート族、8世紀にはモーロ人によって滅ぼされ、イスラム教徒も入ってきました。ローマ時代に輝いた町の栄光は、多くのスペインの他の都市と同じく、徐々に活気溢れるトレドへと譲らなければならなくなるのです。