歴史
1496年7月、レアレッホの地で最後まで抵抗を続けてきた、ベルベル人を祖先とするカナリア諸島の原住民、グアンチェ族がついにアロンソ・フェルナンデス・デ・ルーゴ総督率いる軍に屈しました。
この敗北により、テネリフェ島全体がカスティージャ王国の一部に加わることになりました。
この翌年1497年、原住民の言葉でラ・ラグーナという意味のアグエレという地にその総督がサン・クリストバル・デ・ラ・ラグーナの町を作りました。
海賊の攻撃を避けるため、食物や牧草を栽培するの肥沃な土地があり、また飲料水の確保ができるとの理由で、海岸より遠い地が選ばれました。
最初は現在のコンセプシオン教会のあるところから入植がはじまり山の手地区ができ、その後当時ヨーロッパで流行していた、測量法を採用しながら碁盤の目のように道が交差する地図を作り、南へ町を広げていったのです。
こうしてルネサンス調の整備された町が出来上がり、16世紀の終わりごろ出来上がった旧市街は、今もなおほぼその最初の地図が出来上がったころのまま保存がなされています。
その町のあちこちには16世紀初め頃建築され始めた宗教的な建物がちりばめられています。
また、ラ・ラグーナは、1792年に創設されたサン・フェルナンド大学を始めとして文化の中心地でもありました。
19世紀に入ると、隣のサンタ・クルス・デ・テネリフェが経済的に発展をとげ、1843年テネリフェ島の首都の座をサンタ・クルスに明け渡すこととなります。
しかし、ラ・ラグーナは今も文化的な中心地としてその役割を果たし続けています。