歴史
カセレス市の郊外にあるマルトラビエソ洞窟でいくつかの手や矢、動物などの壁画が発見されました。
考古学者たちの研究の結果、約2万5千年前に描かれたものだということがわかりました。
現在、このマルトラビエソ洞窟の壁画は一般公開はされておりませんが、隣に複製画が展示されている施設があります。
カセレスが都市として誕生したのは、紀元前34年。イベリア半島まで支配していた古代ローマ帝国によってコロニーの一つとして作られ、重要な役割を果たしていました。
当時のものとして現在まで残されているものに、城壁内への入り口となっているキリスト門があります。
ローマ帝国の滅亡後はほとんどカセレスに関する記録は残っていないようですが、5世紀頃には西ゴート族による支配があり、そして、その後は北アフリカから入ってきたイスラム教徒が、イベリア半島北部のキリスト教徒と戦うために、ローマ帝国のコロニーの廃墟となっていたこの地を利用し、軍事拠点としていたようです。
12世紀に入ると、イスラム教徒とキリスト教徒の戦いが始まります。
1169年には一度フェルナンド二世によって制圧されますが、1173年にイスラム教徒が再びカセレスを奪回します。
このとき、古代ローマ人が基礎を築いた城壁の修復をしたということです。
この時代のもので、ブハコ、イェルノ、オルノ塔が現在まで保存されています。
1229年4月23日、アルフォンソ4世によってカセレスはレオン王国の一部となります。
この頃から数多くの豪華な宮殿や教会がイスラム教徒たちのモスクなどの上に建築されました。
そして、アメリカ大陸発見後は交易によってますます富を蓄えた貴族たちが競って宮殿を建てたということです。このカセレスの繁栄は、15~16世紀まで続きました。