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歴史


 大学都市、セルバンテス生誕の地として有名な町ですが、その起源はもっと古く、ローマ時代にコンプルトゥムという大都市だったことから始まります。ディオクレティアヌス帝がローマ帝国の皇帝だった時代に殉教したフストとパストールは、この町の守護聖人となり、今でもマヒストラル大聖堂にその遺物が納められています。

 その後、ゴート族、アラブ人の支配下におかれ、スペインの他の都市同様イスラム教の時代が続きます。この時代に城または砦が築かれたのではないかと言われています。
 1118年、トレドの大司教ベルナルドがアルカラの町をキリスト教徒の手に取り戻し、13世紀には要塞兼住居として大司教館が建てられ、町は経済的にも発展し始めます。
大司教館は、現在もマジョール通りから少し外れたところにありますが、のちに新大陸発見を成し遂げたコロンブスがイサベル女王に謁見することになる場所です。
 1499年、シスネロス枢機卿によって大学が創設されます。これが、アルカラ・デ・エナレスの学問の町としての発展と町の近代化を促進させるきっかけとなります。
 まず初めに現在は大学本部が置かれているサン・イルデフォンソ学院が建設され、その後も修道院や教会、学生寮など次々と大学関係の建物が建ち、その数は40にも及びました。当時、王室や貴族の子息もここで学んだそうです。シスネロス枢機卿は特に語学教育に力を入れており、1517年にはラテン語、ギリシア語、カルデア語、ヘブライ語などの数ヶ国語の言葉に翻訳した対訳聖書を完成させます。そんな発展のさなかに文豪セルバンテスが生まれます。

 アルカラ・デ・エレナスは1687年に市に昇格しますが、徐々に大学都市としての繁栄が薄れていきます。ついに1836年にはイサベル2世の命によって大学はマドリードに移されてしまいます。しかしその後1977年にアルカラに大学が再建され、再び大学都市としての輝きと息を吹き返すのです。